わたかわ 鉄道&旅行ブログ

乗り鉄&旅好きの現役男子大学生が全国を巡る!

炭鉱のまち・夕張をじっくり散策&観光する旅。石炭産業で栄え、財政破綻を迎えた町のいま。【2019夏の北海道14】

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みなさんこんにちは! わたかわです。

今回は、2019年9月の北海道旅行第14弾記事となっております。

スーパーおおぞら号と夕鉄バスを乗り継ぎ、旧夕張駅前(ホテルマウントレースイ前)までやってきました。

今回はその続きです。

 

2019年9月12日(木)②

ゆうばり屋台村でお腹いっぱいになったところで、続いては夕張市内を散策・観光していきたいと思います。

この日は北海道旅行の最終日ですが、夕張に来た以上は、「北海道の”いま”を知る」というテーマで行っている今回の旅行において決して避けられない話題に触れなければなりません。少し重たい、難しい話になりますがお読みいただければと思います。

みなさんは「夕張市」というとどんなイメージを持ちますか。人によっては「メロン」というかもしれません。それも間違いではないでしょう。しかし、私が今回お伝えしたいのは「財政破綻」のお話です。

元々夕張は、1891年に炭鉱が開かれて以来、長らく「石炭のまち」として栄えてきました。当時重要なエネルギー源として位置づけられていた石炭ですので、炭鉱で働く人やその家族が夕張に住み、一時人口は12万人を数えたともいわれます。

しかし、世の中のエネルギー源が石炭から石油に移行するにつれて、石炭産業は一気に衰退していきます。1970年代頃から急速に炭鉱の閉山が進み、人々は都市部に流出。1990年に最後の炭鉱が閉山され、現在では人口1万人を切っています。

石炭産業が衰退した夕張は、すぐさま観光産業に力を入れ始めます。しかし急速なシフトが重荷となり、転換は失敗。多額の借金で資金面のやりくりが限界を迎え、2007年に財政破綻を迎えます。この時から夕張市は「財政再建団体」として第二の人生を歩み始めることになりました。

財政再建団体とは何か、ここでは簡単に説明させていただきます。本来こうした市町村は「地方自治体」ですから、その市のことはその市が「自治」を行って決めることができます。しかし財政再建団体に指定されると、国の管理下に置かれることになり、夕張市は「地方自治体」でありながら「地方自治」が認められない全国でも唯一の自治体となりました。通常なら市の担当者レベルで話し合われるような小さな議題も、夕張市では幹部クラスでの議論が交わされます。

現在も夕張市の財政は非常に厳しい状況が続いているわけですが、同時に歯止めのきかない「人口減少」や「少子高齢化」も押し寄せています。

財政再建団体に指定されているのは全国でもこの夕張市だけですが、夕張市に限らず全国の多くの市町村、特に北海道の市町村では「財政難」「人口減少」「少子高齢化」といった同じ課題に直面しているところも少なくないはずです。

「北海道の”いま”を知る」ために、この夕張の市街地を散策し、博物館で歴史を学び、まずは現状を理解するところから始めようと考えました。

夕張駅の前にはマウントレースイくらいしかなく、市街地はここからさらに奥に進んだところにあるので、まずは旧夕張駅前から歩いて市街地へと向かっていきます。

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夕張の街の様子と、廃墟になった公共施設等

自然が豊かな場所ですが、人の気配はあまりありません。廃校になった中学校や、市役所のすぐ隣で廃墟になった関連施設等、街はあまりにも寂れてしまっています。中には廃校になった小学校を有効活用している事例もあるようですが、そういったごく一部の例を除いては(失礼な表現ですが)街の中が完全にゴーストタウンと化してしまっています。これは平日の日中だからこのように寂れているように見えただけで、朝晩や週末はもっと賑わうのかもしれませんが、少なくとも都会育ちの私にとってはセンセーショナルな光景が続きます。この町が観光客で賑わう光景を、残念ながら私はイメージできませんでした。

また、街中のいたるところに数々の巨大映画ポスターが掲げられております。これは、「ゆうばりキネマ街道」として、夕張市を「映画のまち」に位置付けているんだそうで、建物の外壁に突如昭和の映画のポスターが現れたりします。

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昭和の匂いがプンプンするポスターが続出

そして「ゆうばりホテルシューパロ」の前に到着。ここからは再び夕鉄バスに乗車し、さらに奥を目指すことにします。

ホテルシューパロ前を12:29に出る「夕張市石炭博物館」行のバスに乗り込みます。

バスは市街地を抜けて再びのどかな道を走り、5分ほどで終点の「夕張市石炭博物館」バス停に到着。新夕張駅から続くバスの終着点がここになります。

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「石炭の歴史村」も今は昔

ここにあるのが、まさにバス停の名前の通り夕張最大の観光スポットである「夕張市石炭博物館」です。炭鉱で栄えた夕張の歴史を存分に学ぶことができます。

ただ、バスを降りてから博物館まではかなり歩きます。というのも、この博物館を含め、昔はこの付近一帯が「石炭の歴史村」として一日中楽しめるようなレジャー施設であったようなんです。いわゆる遊園地やテーマパークのようになっていて、園内を走る鉄道であったり、水上レストランもありました。1983年に全面開業しましたが、やはり実態としては大赤字だったようで、2006年よりパークは閉鎖され、そのまま再開されず2008年より順次各種アトラクションが解体されていったのでした。

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もう使われていない「園内鉄道」のホームと「水上レストラン望郷」

かつてこの地が遊園地であったことなど想像もつかないまま、奥へ奥へと歩き進めていくと、ようやく「夕張市石炭博物館」へと到着します。石炭の歴史村の中で今も生きながらえているのはこの博物館くらいで、あとはすべて広大な空き地・廃墟となりました。

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外装は古いが、中身はリニューアル済み

建物の外観は少々古めかしいですが、館内は2018年にリニューアルされています。

この博物館では、最大の目玉であった「模擬坑道」の内部で2019年4月に火災が発生し、現在も立ち入れない状況が続いています。そのため入館料金が大人1,000円のところ700円へと値下げされていました。

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とても勉強になる興味深い展示の数々

館内には、夕張が石炭のまちとして栄えてから衰退し、そして再起を図る歴史が詳しく紹介されています。石炭産業について主に詳しく学ぶことができますが、それに付随して夕張の昔の鉄道の歴史や観光産業等についても展示があり、まさに「夕張の歴史は炭鉱の歴史」といわんばかりの充実した展示内容でした。

あまり写真をたくさんは載せられませんが、これは是非とも一度行ってみてほしいです。夕張のまちに出かける機会があれば、一度は必ず訪れるべきオススメ観光スポットだと思います。

隅々までたっぷり見学し、博物館を後にしました。

帰りのバスの時間までは少しまだ余裕があるので、石炭の歴史村周辺を散策。

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広大な駐車場はあるが、希望も花畑もない

石炭の歴史村の外にも、かつて花畑牧場の直営店があった痕跡がある等、一大レジャー施設であったことが窺えます。広大な駐車場は今もありますが、車はほとんど停車しておらず何とも虚しい光景。かつては観光で栄えたかもしれませんが、そんな光景も昔のものになってしまいました。

それでは、「夕張市石炭博物館」バス停を14:15に出発し、一気にまっすぐ新夕張駅へと戻ります。

夕張の滞在は短い時間でしたが、とても多くのものを見て、聞いて、学ぶことができました。とても充実した滞在でした。

45分ほどの乗車で、再び新夕張駅へ。15:02に到着したバスに合わせるかのように、15:12発の特急〔スーパーとかち8号〕札幌行がやってきます。

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新夕張15:12発 特急〔スーパーとかち8号〕札幌行

今度はピカピカの261系です。4両編成で、先頭4号車のみ自由席、3・2号車が指定席、1号車がグリーン車となります。4両編成でもグリーン車があるのはすごいですよね。

北海道フリーパスを利用しているので、自由席に乗車。1両しかないのでかなり混んでいましたが、何とか座ることができました。

そして16:18に、札幌駅へと到着。あっという間の快適な1時間でした。

この日の夜の飛行機で羽田へ帰ることになりますが、飛行機の時間まではまだもう少しあるので、4泊5日の北海道旅行の締めくくりとして、代表的観光地に最後に足を運びたいと思います!

 

その様子は、次回ご紹介していきます。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!

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