みなさんこんにちは。わたかわです。
今回の記事は、2020年3月28日に行った「関西最長大回り」の第4弾記事となります。
今回は、柘植駅から奈良駅まで、大きなCの字を描くように乗車してバラエティ豊かな列車を乗り継ぐ旅となります。
ここまでに、塚口→谷川→加古川→尼崎→鴫野→新大阪→近江塩津→草津→柘植という風に進んできたので、今回の記事では、柘植駅からの行程をご紹介していきます。
前回までの流れをご覧になっていない方は、先に以下のリンクよりお願いします!
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草津線の113系で柘植駅に15:40に到着し、続いて乗車していくのは関西本線です。
既に塚口駅での企画開始から9時間が経過し、この時点で折り返しを過ぎた頃という印象。ゴールの塚本駅まではまだ8時間以上あります。
柘植駅ではわずか2分の乗り換えで、関西本線の加茂行に乗車して西に向かいます。
関西本線は、名古屋から奈良を通りJR難波までを結ぶ、近畿地方を東西に貫く路線ですが、一本の長い本線という印象は弱く、区間ごとに特色が異なります。
名古屋~亀山駅間は中京圏のベッドタウンや工業地帯の近くを走る生活路線で、JR東海管内であり、名古屋から見ると特にこの亀山へ向かう方面よりも途中の河原田から分岐する伊勢鉄道に直通して津や伊勢・鳥羽・熊野・南紀方面に向かう方面が本線のような様相を呈しています。
今回乗車する区間が含まれる亀山~加茂駅間は非電化区間となり、いかにもローカル線。優等列車や長編成の普通・快速列車が走ることはなく、本線とは言い難いもの寂しさを感じる区間です。
加茂~JR難波駅間は大阪中心部に入っていく郊外路線といった様相で、大阪環状線に直通し阪奈間を結ぶ比較的長編成の「大和路快速」も頻繁に運行されています。「関西本線」よりも「大和路線」という愛称が使われます。
柘植駅から乗車した加茂行は、キハ120系2両編成。大阪近郊区間で唯一の非電化区間となり、今回の旅で唯一の気動車です。すさまじい音をたてながら柘植駅を発車。
柘植から加茂までの間で最大の途中駅は伊賀上野駅、ここは伊賀鉄道とも乗り換えられる駅で、忍者の街としても有名ですが、それ以外の駅は何の変哲もない無人駅が続きます。高架区間や高架ホームの駅もあり景色は良い区間もありますが、大阪近郊という感じはしません。
かつて、2000年代前半までこの関西本線を経由して名古屋~奈良駅間を結ぶ気動車の急行〔かすが〕というのが運転されていましたが、この急行かすががこの山奥を走り抜けていたのかと思うと一度見てみたかった気もします。
乗車時間は1時間弱ほどで、終点の加茂駅に到着。ここで「大和路快速」に乗り換えます。
車両はおなじみの221系。ここからまた電化区間となり、両数も8両編成と一気に拡大します。やや古参の部類に入る車両ですが古さを感じさせない車内はガラガラでもちろん座れましたが、乗車区間は次の木津駅までの6分間だけなのです…。
16:47、すぐに木津駅に到着。ここでこの大和路快速を降りますが、この後の行程でも大和路快速には乗車していきます。
木津駅から乗車するのは、本日2度目の学研都市線。詳しい解説は【2020春の関西旅4】の記事でJR東西線・学研都市線に尼崎から鴫野まで乗車した際に行っているので、是非そちらも読んでみてください!
今度は、木津から放出までの区間で学研都市線を利用していきます。快速ですが1時間近く乗車していきます。
列車は定刻通り木津駅を出発し、しばらく近鉄線と並走します。ただ私は近鉄に関する知識が皆無なので、近鉄何線なのか、どこに続く線路なのかわかりませんが。京都あたりですかね。
外はだんだんと薄暗くなっていきます。小雨が降り出してきました。気づけば塚口のスタートから11時間が経過。ここまで兵庫の山奥をぐるっと回って瀬戸内海を望み、京阪神の主要駅を通り抜けて琵琶湖を一周、そして伊賀の山奥を通り抜けてきました。本当に車窓の変化に富んでいる大回りルートですが、天候の悪化もあってだんだんと外が暗くなってくるので、ここからは車窓で気を紛らわすということがなかなかしにくくなってきます。ただほぼ全列車で座れているからか、思ったより疲労感はありません。この学研都市線もロングシートなので1時間の乗車は少し大変ではありますが、ただロング・クロスを問わず関西のJRの普通列車の座席は首都圏のJRよりもだいぶ快適なのだと思います。おしりが痛くて座れないということもここまで特に感じることはありませんでした。
17:47に放出に到着。ここで学研都市線からおおさか東線に乗り換えていきます。
ここから大和路線でもう1駅進んだところにあるのが、7時間ほど前に利用した鴫野駅。鴫野と放出はどちらも大和路線とおおさか東線が乗り入れる駅で、横浜市営地下鉄のセンター北とセンター南のように、ある路線にもう1路線がS字に重なっているようなイメージです。鴫野から放出まで1駅の区間を、7時間かけて移動してきました。
ここから乗車するおおさか東線は、放出から久宝寺までなので、2008年に先行開業した区間となります。午前中にもおおさか東線に乗車しましたが、今度も再び201系の楽園に突入していくことになります!
放出17:56発の久宝寺行に乗車。久宝寺方面の列車は、そのほとんどが久宝寺までですが、一部にはその先の大和路線に乗り入れて奈良まで向かう直通の快速列車もあります。
いよいよ日も暮れ、雨が本降りになってきました。夕方になって気温がかなり下がってきて、この時は疲れよりも寒さが勝っていたような状態です。体が冷えますがどうしようもないので何とか耐え抜きます。
16分ほどの乗車で、久宝寺駅に到着。
久宝寺駅から、再び大和路快速に乗車して奈良方面へと向かっていきます。学研都市線で一度奈良県から大阪府に入ったのに、またも奈良県へと戻るのです。
久宝寺駅では、12分間の乗り換え時間の後、18:24発の大和路快速に乗車して奈良へと向かいます。この列車の行先は「加茂・五条」となっており、1日数本設定されている多層建て列車となります。大阪方面からやってきた大和路快速の列車ですが、この先の王寺駅という駅で8両編成のうち前後4両ずつに切り離し、前4両が加茂行、後4両が五条行となります。私が向かう奈良は加茂の少し手前ですので、前4両の加茂行の編成に乗車していないといけません。
列車は定刻通り久宝寺駅を出発し、王寺駅では少々の停車。ほとんどの乗客がこの王寺駅で降りていきました。
切り離しのため少し停車時間があったので、私も少し車外に出て気分転換をしようと思ったのですが…ここで気づいてしまいました。実は実感していなかっただけで、相当疲れが溜まっていたのです。席を立とうにも立つ気になれず、結局車外に出るということはしませんでした。ここまで12時間以上の行程で、寒さで体力が急激に奪われていったのだと思います。ちょうど夕食の時間も差し迫ってきていましたから空腹でもあり、かなり疲労困憊の状態でした。しかしゴールまではあと約6時間。行程の3分の1がまだ残っています。
奈良には18:53に到着。ここでは乗り換え時間が少し長めに予定されているので、夕食を調達するなり食べるなりしようかなと思っていたのですが…。
悲劇が起きました。
…と、今回はここまで! どんな悲劇が起こったのか、そしてこの先に待ち受ける地獄とは…?
是非次回もご期待ください!
お読みいただきありがとうございました。